1 問題文の確認
「Bの本件売買契約に基づく代金支払請求は認められるか」と
その「理由」が問われている。
売買契約に基づく代金支払請求が認められるためには、
目的物+代金額の合意が必要
目的物 松茸(まつたけ)5キログラム【事実2】
=種類物
(買主Aは、種類物の引渡請求権=種類債権を有している)
代金額 50万円【事実2】
2 【事実9】のやり取り
「Bは、Aに対し、本件売買契約の代金50万円の支払いを求めた」
「Aは、Bが松茸5キログラムを引渡すまで代金は支払わないと述べた」
「これに対し、Bは、一度きちんと松茸を用意したのだから応じられないと反論した」
Bの反論の法律的な意味と、それが認められるかどうか、その理由
3 本問の解答の大枠
(1)(対価)危険負担の問題の前提として種類債権の特定と滅失
(2)危険負担の各自の考え方とその理由等(考え方が分かれる)
考え方① 民法第534条の規定の文理に素直に従う考え
考え方② 民法第534条の適用を否定又は制限する考え
考え方③ その他
(3)それぞれの考えでのその後の展開
考え方① 理由付け
民法第534条の要件該当性(債務者の責めに帰することができない事由)-履行補助者論
弁済の提供・受領遅滞・受領義務違反の効果としての保管義務の軽減
軽減の程度/理由付け/本件の検討
考え方② 理由付け
どのような場合に民法第534条が適用されるか
(どのような場合に適用が否定又は制限されるか)
本問の検討
弁済の提供・受領遅滞・受領義務違反の効果としての(対価)危険負担の移転の可否(一般論)
4 種類債権の特定と滅失
(1)答案の出発点
「Bは、一度きちんと松茸を用意したのだから応じられないと反論した」【事実9】
「きちんと用意した」のかの確認
(2)出題の趣旨の確認
〔出題の趣旨〕
「設問1の事実関係の下では、危険負担の適用があるか否かが問題となるが、
その前提として、種類債権の特定とその目的物の滅失が必要となる」
きちんと用意したかどうか=種類債権の特定ができたかどうか
〔出題の趣旨〕続き
「民法第401条が定める『債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し』たこととは、
例えば、債務者が、給付の完了のために債権者がする必要のあることを除き、
自らすることができることを全てした状態をいう」
(「例えば」なので、別の表現を否定するものではない)
さらに〔出題の趣旨〕の続き
「Bの債務は取立債務であることから、Bが目的物を分離して引渡し準備を完了し、
その旨をAに通知することにより目的物の特定が認められることなどを述べ」
要するに、
債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し(401条2項)
=(債権者の行為を除き)債務者ができることは全てした状態
本件は「取立債務」
(前述の)債務者ができることは全てした状態
=分離・準備・通知
→(これにより)目的物が特定される=物の給付をするのに必要な行為を完了した状態
〔採点実感〕
「取立債務であることを事実関係を踏まえて簡潔に論ずることができている答案は
それほど多くはなかった」
(3)答案の方向性
〔出題の趣旨〕
「設問1の事実関係からこの特定が認められ…ることを述べる必要がある」
(特定は認められないという結論は、出題の趣旨に沿わないように読める)
(4)特定した目的物の滅失
〔出題の趣旨〕
「目的物が盗難により滅失したと認められることを述べる必要がある」
5 危険負担の各自の考え方
〔出題の趣旨〕
① 双務契約上の相対立する二つの債務は互いに対価関係に立つため牽連関係が認められるとして、
一方の債務の消滅により当然に他方の債務も消滅することを前提としつつ、
本件においては目的物が特定していたとして
民法第534条第2項の適用によりBの代金請求が認められ得るとする立場
(物は滅失しても、代金は支払わなければならない)
② 同じ前提(一方の債務の消滅により当然に他方の債務を消滅するとの前提)に立ちつつも、
民法第534条第2項の適用を否定又は制限する立場
(本件では534条2項は適用されず、又は制限され、
前提どおり、物が滅失すれば代金を支払わなくてよい)
③ など
例えば、双務契約上の相対立する二つの債務は互いに独立のものであり、
一方の消滅により他方が当然に消滅することはないとする立場(理由の説明が必要)
適切な理由付けがあれば他の考え方を否定するものではないと読み取ることができる。
〔採点実感〕
「種類債務が特定をし、その後特定した目的物が滅失したというケースについては、
適用法条は、民法第534条第1項ではなく、同条第2項となるが、
このことを正確に指摘することができていない答案が少なからず見られた」
6 ①の考え方の場合のその後の展開
(1)①の考え方は要するに
物は滅失したのに代金は支払わなければならない
→ 不公平では?という批判に耐えられる理由付け
(2)その上で、条文の要件該当性
「債務者の責めに帰することができない事由」(民法第534条)に当たるかどうかの認定
〔出題の趣旨〕
「その際には、『債務者の責めに帰することができない事由』の意味をまず明らかにする必要がある。
これについては、例えば、
特定物の売主は目的物の善良な管理者の注意をもって目的物を保管する義務を負うところ、
その義務を尽くしたことが上記事由に当たるとする考え方が考えられる」
〔出題の趣旨〕続き
「さらに、設問1では、Bは保管のために(狭義の)履行補助者に当たる(【事実】3)Cを使用しているため
Cの主観的態様が信義則上Bの主観的態様と同視されるとした上で、
Cが近隣において答案事件が頻発し警察が注意喚起しているとの状況下でBの指示に従わずに
簡易な錠による施錠しかせずに乙倉庫を離れたこと(【事実】5及び8)は
善管注意義務違反に当たると解されるため、
目的物として特定した松茸の滅失は
Bの責めに帰することができない事由によるものということは
基本的にできないことになる。
要するに、
「債務者の」「責めに帰することができない事由」
「債務者の」 → 履行補助者論 → C=Bと同視
「責めに帰することができない事由」 → 善管注意義務違反
Cは善管注意義務に違反していたか。
→ 結論としては善管注意義務違反を肯定
Cの善管注意義務=Bの善管注意義務=債務者Bの責めに帰することができない事由ではない
履行補助者論は手短に、善管注意義務違反があったかどうかの検討を厚く論じるべき
(3)弁済の提供・受領遅滞・受領義務の効果として
善管注意義務(保管義務)が軽減されないか。
Bは「一度きちんと松茸を用意した」ことは認められた。
=債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了した(民法第401条2項を満たす)。
弁済の提供の方法(493条)、弁済の提供の効果(492条)、受領遅滞(413条)、受領義務(解釈)
〔出題の趣旨〕
「これらのいずれの構成によっても構わないが、
その構成により保管義務が軽減される理由を明らかにし、
設問1の事実関係の下で保管義務の軽減が認められるかを論ずる必要がある」
〔出題の趣旨〕続き
「そして、債務者は自己の財産に対するのと同一の注意義務をもって目的物を保管する義務を負う、
あるいは、債務者は故意又は重大な過失による目的物の滅失又は損傷の場合にのみ責任を負う
などと軽減された義務の内容を明らかにした上で」
さらに〔出題の趣旨〕続き
「設問1の事実関係に即して、
Cの行った簡易な錠での施錠が『普段どおり』の施術方法であったことを踏まえて
その軽減された注意義務に違反しないかどうかを論ずべきことになる」
要するに、
保管義務が軽減される理由/軽減された保管義務の内容/義務違反があるかどうかの本問の検討
答案に自分の思考過程を表現すること。
7 ②の考え方とその後の展開
(1)②の考え方のおさらい
双務契約上の相対立する二つの債務は互いに対価関係に立つため
牽連関係が認められるとして、
一方の債務の消滅により当然に他方の債務も消滅することを前提としつつ、
民法第534条第2項の適用を否定又は制限する立場
(2)民法第534条の適用を否定又は制限する理由
(3)534条の適用範囲
どのような場合に534条は適用され、どのような場合に否定又は制限されるのか
(2)の理由との整合性
(4)本件では民法534条が否定又は制限される場合に当たることの認定
(5)弁済の提供・受領遅滞・受領義務違反の効果として対価危険の移転が認められないか
Bは「一度きちんと松茸を用意した」ことは認められた。
=債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了した(民法第401条2項を満たす)。
弁済の提供の方法(493条)、弁済の提供の効果(492条)、受領遅滞(413条)、受領義務(解釈)
もっとも、債務者の責めに帰することができない事由との関係と履行補助者論…6の(2)参照
また、善管注意義務(保管義務)の軽減の理由/内容/検討…6の(3)参照
本問の出題の趣旨では、
弁済の提供・受領遅滞・受領義務違反が
「保管義務の軽減」と「(対価)危険負担の移転」という2つの効果を導いている。
どちらに係る説明なのかを混同しないように。
〔採点実感〕
「責めに帰することができない事由(過失)の有無の判断の基準となる売主の負う注意義務について、
民法第400条の善管注意義務に言及することができていない答案が相当数見られ」
「受領遅滞等の効果としての注意義務に言及することができていない答案も多かった」
「そもそも、本件においては受領遅滞が生じているという事実関係に
気が付くことすらできていない答案も相当数みられた」
〔採点実感〕
「履行補助者の過失及び弁済の提供又は受領遅滞若しくは受領義務違反の効果
(債務者の目的物保管義務の軽減及びその軽減後の義務の内容、
対価危険の債権者への移転等)を内容とする」
「に関してはここに含まれる問題点に気が付かなかった答案も多く見られ、
ここが評価に大きく差がつく要因となっていたといえる」
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